
7月20日投票の参議院選挙。選挙区は自民党の柳本あきら(顕)氏に、比例区は社民党に入れました。柳本さんは大阪市長選で反維新・反都構想の立場から応援させてもらった事はありますが、国政選挙で入れるのは初めてです。
今回限定とは言え、元々左派の私が、自民党の候補者に投票するようになるとは、思ってもみませんでした。なぜ自民党に投票したか?参政党の候補者を落とすには、もはやそれしか方法が無かったからです。
少し前までの私だったら、れいわ新選組か共産党の候補者に投票していたでしょう。でも残念ながら、今の大阪はもはや「維新に非ずんば人に非ず」状態です。
今回も定数4の議席を巡って維新2・自民・公明・参政の有力5候補がしのぎを削っていました。それ以外の候補者は最初から当選圏外でした。
その中で、参政党を落とすには、参政党以外の4候補から、よりマシな候補を選ぶ他ありません。
その中で、柳本さんは、自民党候補でありながら、他の高市早苗や杉田みお(水脈)などの候補とは違い、タカ派色を前面に出したりはせずに、ひたすら「所得を上げる、大阪を護る」と、保守中道路線の、比較的穏当な公約を掲げて来ました。
そして実際の選挙戦においても、いたずらに奇をてらう事もなく、地元密着の活動に専念されて来ました。そこを評価して、今回に限り、応援させてもらう事にしました。
比例区は社民党に入れました。今までだったら、れいわ新選組か共産党に入れて来たのに、何故、今回は社民党に投票したのか?
れいわ新選組や共産党は、いくら停滞・後退気味の党勢であっても、まだそれなりの勢力を維持しています。少なくとも、この選挙に負けても、いきなり政党要件を失う事はありません。
でも、社民党は、今や衆参合わせてもわずか3議席。得票率も直近の選挙では2%を割り込むまでになっています。今回の選挙であと2議席確保するか、最低得票率の2%をクリア出来なければ、政党要件を失ってしまいます。
そうなったら、もはや左派と呼ばれる政党は、共産党とれいわ新選組だけになってしまいます。党首討論番組でも、他は皆タカ派かトンデモな主張をする政治家ばかりが幅をきかす事になってしまいます。
それはどうしても嫌だったので、社民党がもはや風前の灯である事も承知の上で、今回は同党に投票しました。
しかし選挙の結果は、比例区の社民党こそ芸能人ラサール石井の個人票も加算されて前回6年前の96万票から121万票に増加し、何とか得票率2%の足切り条項をクリア出来、政党要件を失わずに済んだものの、大阪選挙区で私が投票した自民党の柳本候補は、得票を大幅に減らして落選してしまいました。
自民党は前回の6年前(注)も、元府知事の太田房江候補が55万票余しか取れずに最下位当選。この時は党内で候補者擁立を巡って柳本氏を推すグループと対立。それに対し今回は、その柳本氏が出馬したので、ひょっとしたら参政党・宮出ちさと(千慧)氏の猛追を振り切って何とか当選圏内に滑り込むと見ていたのですが。
(注)参議院は3年ごとに半数ずつ改選されるので、現職と比較するには6年前の2019年データで比較しなければならない。
ところが蓋を開ければ、維新2名と参政・公明の4名の当選者から大きく引き離されて、前回の55万票から更に大きく減らして37万9千票余で落選。今回の選挙で投票率は48%余から59%余に大幅に伸びたにも関わらず、国民民主党以外の既成政党は維新も含めて大幅減。
それに対し、参政党の宮出候補は、元パート従業員の新人候補でありながら、柳本氏や共産・清水氏などの政治家経験者を押し退けて堂々3位で当選。もはや「敵ながらあっぱれ」という他ありません。
なぜ宮出候補がそこまで得票出来たのか?参政党の打ち出した「日本人ファースト」と「減税・米の確保」の公約が、今まで投票に行かなかった無党派層や保守層にアピールしたからに他なりません。
その「日本人ファースト」ですが、有権者は必ずしもこれを「外国人排斥」とは捉えなかったのではないか?少なくとも、私が参政党の運動員と対話した中では、これまでのネトウヨ(ネット右翼)が絶叫して来た「朝鮮人を海に叩き込め!」と言った外国人に対する敵愾心や差別感情は余り感じられませんでした。
それどころか、参政党の主張する「國體(国体=国家体制)」、天皇元首化やスパイ防止法制定などの「極右」的公約に対する賛同も余り感じられませんでした。もし、そんな「極右」なら、「役所に出す書類に、昭和・平成・令和と使い分けが大変な元号だけしか使えないのは不便だ。西暦も使えるようにしてほしい」という私の要望なぞ、即座に「非国民」と切り捨てて、そこでもう対話は終了していたはずです。(前回記事参照)
参政党運動員の中には介護労働者もいました。この介護労働者も、今や外国人抜きでは仕事が成り立たない事は分かっているはずです。その運動員は、必ずしも外国人排斥に賛同している訳ではなく、単に「私達日本人の事も考えてくれ」と言っているに過ぎないのではないか?
現に、私が働いているスーパーの物流センターも、もはやバイトの半分以上は外国人留学生です。当初はその大半がベトナム人でしたが、今はもうそれだけではなく、ネパール人やミャンマー人もいます。
必ずしも日本語が喋れる外国人ばかりではありません。漢字はおろか平仮名やカタカナも読めない外国人も少なくありません。万国共通だと思っていた数字ですら、いざ書かせてみると、日本人の私達には読めない場合も少なくありません。
外国人の書く数字は日本人のそれとは少し違います。外国の場合はアルファベットと区別しなければならないので、例えば数字の1とアルファベット大文字のⅠ(アイ)を区別する為に、書く時は1の左上のヒゲ部分を強調するのです。
このように、外国人は数字を飾り文字みたいに書くので、よく似た数字だと判読が難しくなるのです。(1と7、3と8と9など)
これでは日本人のバイトは堪ったものではありません。それでなくてもクソ忙しいのに、そのたびに外国人バイトに何て書いたか問い返していたら仕事になりません。社員に相談しようにも、その社員もいくら探しても見当たらない。こんな事はもはや日常茶飯事です。
それに対して、いくら立憲民主党や共産党が、「外国人差別は良くない。外国人とは共生しなければならない」と説いても、全然受け入れる気にはなれません。
外国人と対話も出来ないほどクソ忙しい過密労働こそ、諸悪の根源である事は、私達も頭の中では分かっています。でも、日々の労働の中で、いくらそんなお題目を百万遍唱えたところで、目の前の仕事が片付く訳ではありません。
「外国人を受け入れる以上は、会社の方でも、もっと外国人の教育をちゃんとやってくれよ。それが無理なら、最初から外国人なぞ雇うな」というのが、今回参政党を支持した無党派層の大半の意見ではないでしょうか?
それに対して、各党はどう答えるのでしょうか?それを私は注視して行きたいと思います。
















