

職場のアルバイト仲間にM君という人がいます。彼は仕事は出来ますが少し癖があります。融通が利かないのです。
数日前もこんな事がありました。私達の作業が終わり、他の作業の応援に入ろうとした時に。先輩のTさんが、「商品の搬送に回れ」とS君に指示しました。
ところがM君は、「俺はいつもこんな時は農産の仕分けに回っている。それを何故、社員でもない貴方から次の作業を指示されなければならないのか?」と。
そこで両者間でトラブルになり、殴る、殴らないの喧嘩寸前にまでなってしまったのです。それ以来、M君とTさんは同じ作業をさせてはいけない事になりました(本日ようやく和解にこぎつける事が出来ましたが)。
当日は私は休みだったので、当時の状況は良く分かりません。当事者のM君が当時の事を余り語りたがらないので、Tさんの言い分を鵜呑みにするしかありません。
Tさんいわく、その日は農産の物量もそんなに多くなく、私達の作業が終わった時には農産の作業もほとんど終わっていたそうです。
だからTさんはM君に「搬送に回れ」と言ったのですが、どうやらその言い方が気に食わなかったようで。「偉そうに言われた」と受け取ったようでした。
私はこの話を聞いて、にわかには信じられませんでした。何故そんな些細な事で喧嘩になるのか?私はTさんの事もよく知っていますが、決して偉そうに物を言う人ではありません。
ただ、職人気質な人で、「俺の背中を見て仕事を覚えろ」みたいな所があるので、融通が利かずに、マニュアル人間的な所があるM君とは、微妙にウマが合わなかったらしいです。
例えば、M君は自分の分担作業が終わったら、何もせずにボーっとしている時があります。それでTさんから「ボーっと突っ立っているな。他の人の作業を手伝うなり、納品の商品を作業場に引き込むなり、他に仕事は幾らでもあるだろう」と、たびたび叱責されていました。
それが伏線となって、先日のトラブルになってしまったのもあるようです。しかし、それにも訳があります。実は、M君は幼い頃から毒親に虐待されていたのです。これは私が本人から直接聞いた話です。
「毒親」というのは、子どもの成長にとって害(毒)になる親の事です。その一番分かりやすい例がアルコール依存症の親や、家庭内で暴力をふるう親ですが、それ以外にも、ネグレクト(育児放棄)や、逆に過剰に干渉し、子どもに親の価値観を押し付け精神的に支配しようとする親も立派な毒親です。
M君は、毒親から長年に渡り、虐待され続け、親の言う通りにしか行動出来なかった為に、自分で判断する事が出来なくなってしまったのです。勝手に判断して動いて、親の機嫌を損ねて殴られるのを避ける為には、常に親の言いなりになるしかありませんでした。
だから、常に指示待ちで、自分の分担作業が終われば、次の指示があるまでボーっと突っ立ち、その場で固まってしまうようになってしまうのです。
こんな調子では、いつまで経っても補助的な作業しか出来ません。ベテランになっても現場監督は任せられない事になります。現場監督がいる日は別にそれでも構いませんが、いない日はたちまち現場が回らなくなります。
例えば、先週土曜日など、病欠者続出で、人手が足りなくなってしまいました。それでも、最初は準リーダー格のN君を中心に、M君とベトナム人留学生バイトS君の3人で作業を回していました。しかし、途中でN君が他部署の応援に回らなければならなくなりました。
後に残されたのは、M君とベトナム人バイトS君の2人だけです。どちらも基本作業は出来ますが、現場監督の経験はありません。特にS君は外国人という事もあり、コミュニケーション取るのにも苦労します。その中で、準リーダー格のN君がいなくなった事で、途端に現場が回らなくなりました。
そんな事があったので、M君にも現場監督の役割を果たしてもらう事になり、その教育係を私が担う事になりました。
私も毒親育ちなので、彼の気持ちが良く分かります。私の場合は、親から暴力を振るわれた事もありましたが、それ以上に親の過干渉と精神的支配に苦しめられました。
例えば、就職する時も「とにかく教師になれ」と、教員採用試験の受験を執拗に強要されました。もう既に生協に転職して、新しい仕事を覚えていかなければならない時期だったにも関わらず。「あんたが受験してくれないと私が怒られる」と母親から泣きつかれ、渋々受験はしたものの、全然教師になんかなる気がなかったので、わざと間違った答案を出してやりました。
また、婚活を強要された事もありました。まだ全然付き合った事もない、顔もよく分からない近所の娘さんと、いきなり「結婚しろ」と親父から言われました。しかも、私の婚活なのに、親父が真ん中にデンと座り、家族がその周りを取り囲み、私は片隅に座っている、しかも規定のサイズと全然違う写真を身上書に貼るよう強要されたり。
教職も結婚も、単に親の見栄を満足させる為の道具に過ぎなかったのです。本当に私の幸福を願っていたら、絶対にこんな形の教職受験や婚活にはなりません。
私の場合は、最終的に家出という形で、親との縁切りに成功しました。もし、そのままずっと親と同居していたら、私もM君のようになっていたかもしれません。
その一方で、M君の今の生活スタイルを考えると、彼が本当に融通が利かないのか疑問に思う時もあります。現在彼は一人暮らしの自炊生活を送っています。社内食堂廃止を機に、彼も弁当を職場に持参するようになりました。
本当に融通が利かないなら、毎日の献立なぞ考えられないはずです。冷蔵庫を開けて、「今夜はこれとこの材料でカレーにしよう、明日はこの材料で炒飯を作ろう」と決めるのも、融通が利かなければ出来ない営みです。
今夜の夕食は焼き魚にしようと思っていたが、スーパーで特売の牛肉が安かったのでキャベツと炒める事にした。あるいは、その肉が腐っていたので、牛肉炒めは止めてボンゴレパスタに変更しよう!…といった事も、融通が利かなければ出来ない営みです。
私はむしろ、融通が利かないのではなく、融通を利かす機会を奪われ続けて来たから、今のM君になってしまったと思います。
だったら今からでも遅くはありません。毎日の作業を細分化したマニュアルを作り、それを暗記させる事で、頭の中の引き出しを徐々に増やしていけば、今までなら「固まる」しかなかった彼も、徐々に臨機応変に対応出来るようになるのでは?
その経験を積み重ねていけば、やがていつかは、引き出しやマニュアルに頼らずに、臨機応変に対応出来るようになるのでは?
そんなつもりで、私はM君に仕事を教えてます。教習を始めて今日で既に早1週間。彼は、現場監督的な仕事も、徐々にこなせるようになって来ました。
そういう意味では、今回の教習は、M君にとっては、毒親に奪われた人生を取り戻す闘いでもあるのです。頑張れ、M君!
























