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三岐鉄道生き鉄訪問記

三重県北部を走る三岐鉄道の電車に乗って来ました。それにしても何故、わざわざそんなローカル私鉄に乗る気になったのか?きっかけは岩手開発鉄道の下記動画を観た事から始まりました。 

https://youtu.be/L6icF1uRGPY?si=3wDI8F1J6dJjVWDQ

岩手開発鉄道は岩手県大船渡市の貨物専用鉄道です。市内山間部の岩手石橋で産出された石灰岩を海岸沿いの赤崎にあるセメント工場まで運ぶ全長10キロ弱の短い路線です。ほとんど無名に近い路線でしたが、当該動画を観て、その鉄道遺産の豊富さに目を奪われ、俄然訪問したくなりました。

でも、いくら新幹線網が全国各地に伸びた今でも、大阪から岩手県まで行くとなると、片道だけでもほぼ半日かかります。運賃も半端じゃありません。そこで、それに代わる鉄道を探す中で、大阪から割と近場の三重県に、同じような貨物鉄道がある事が分かりました。それが三岐鉄道です。

三岐鉄道の路線図。北側の短い方が北勢線、南側の長い方が三岐線。三岐線にはサイクルパス制度があるが、使用できる区間や時間は限られている。事前に詳細を確認しておく事。

三岐鉄道には三岐線と北勢線の2つの路線があります。北勢線は元々、近鉄の支線でした。鉄道が開通したのも北勢線の方が先でした。しかし、北勢線は線路の幅がわずか762ミリしかありません。これはナローゲージと呼ばれ、昔の軽便鉄道で採用された線路幅です。これでは人も荷物も大量には運べません。

昭和初期に、石灰岩の取れる藤原岳山麓にセメント工場を建設し、今のJR関西本線富田駅までセメント運搬鉄道を敷く計画が持ち上がった時も、北勢線では輸送できないので、新たに三岐線を敷く事になりました。だから最初は三岐線の沿線にはほとんど人家はありませんでした。

三岐鉄道の社名は三重・岐阜の両県から取りました。元々は岐阜県の関ヶ原まで路線を伸ばすつもりだったようです。関ヶ原の近くには、これも石灰岩の産地でセメント工場が分布する伊吹山があります。そのセメント輸送も視野に入れていたのかも知れません。

そんな貨物主体の鉄道なので、最初は沿線の人家はまばらでした。しかし、戦後になると、沿線の住宅開発も進み、三岐線に乗る人も増えてきました。逆に北勢線の方は、線路の幅が狭い為にスピードアップも出来ず、乗客が減り始めました。

近鉄も、施設の近代化に努めたようですが、一番ネックになっている線路幅がそのままでは、乗客が増えるはずがありません。累積赤字がかさみ、とうとう手放す事に。そこで、お隣の三岐鉄道が北勢線の面倒も見る事になりました。

今は三岐線も北勢線も同じ三岐鉄道の路線ですが、鉄道の成り立ちも車両の幅も異なるので、乗り継ぐには近鉄やJRに乗り換えなければなりません。だから、どちらにも乗れる1日フリー切符があった頃も、私は北勢線にだけ乗って、三岐線には乗れませんでした。そのリベンジを果たす為にも、三岐線に乗る事にしました。

三岐線には元西武鉄道の車両が使われている。

2月21日(土)の昼過ぎに、三岐線始発駅の近鉄富田に着きました。富田と書いて「とみだ」と読みます。同じ漢字の駅名でもJR東海道本線の摂津富田は「とんだ」です。駅名一つとっても非常にややこしいですね。

三岐線は貨物主体の鉄道だったので、元々は近鉄富田ではなくJR関西本線の富田が始発駅でした。でも、三岐線の乗客が増えるに従い、三岐鉄道の方も、近鉄富田に乗り入れた方が得だと思うようになりました。JRより近鉄の方が電車の本数も多く便利ですから。今はもう旅客列車は全て近鉄富田発着で、貨物列車だけがJR富田に乗り入れるようになりました。

近鉄富田を出た三岐線の電車は、しばらく近鉄名古屋線と並行した後に、同線から分かれ、JRから来た支線と合流し、最初の大矢知(おおやち)駅に着きます。三岐線ではサイクルパスと言って、サイクリングの自転車もそのまま持ち込める制度があります。沿線にはセメント工場だけでなくハイキングコースもあるので、増収策の一つとして採用されたのでしょう。

但し、持ち込むには条件があり、平日は三里(みさと)から終点の西藤原まで、週末もここ大矢知から西藤原までしか持ち込む事が出来ません。始発駅の近鉄富田は終日混雑するので、このような措置が取られたのでしょう。

三岐線のダイヤはラッシュアワー時でも30分に1本、それ以外の時間帯では45分から1時間に1本しかありません。電車の運行間隔もバラバラです。三岐線では今も貨物列車が主体で、旅客列車はその合間を縫うように設定されているからです。

電車に1本乗りそびれたら、次の電車が来るまで1時間前後も待たなければなりません。だから、近鉄富田に降り立ったら、その足ですぐ隣に停まっている三岐線の電車に飛び乗らなければなりませんでした。

その為、三岐線の電車に飛び乗った後で、お昼ご飯を食べる場所や、三岐線の1日フリー切符を買う駅を探す事になりました。三岐線沿線にも住宅が増えてきたとは言え、近鉄沿線と比べたら、まだまだ人家はまばらです。どの駅にも、駅前に商店街なんてありません。地図で調べたら、大安(だいあん)という駅の近くに、中華料理屋がある事が分かりました。

大安駅の外観と、駅舎内に併設されている図書館。

その大安で降りて、1日フリー切符を買い、中華料理屋でようやくお昼ご飯を食べる事が出来ました。その時に感心したのが駅の充実ぶりです。西野尻駅以外のどの駅にも必ず駅員がいるのです。

但し、駅員と言っても、鉄道会社の制服を着た正社員ではなく、私服のおっちゃん、おばちゃんの委託駅員で、駅に常駐する時間も限られているようですが。それでも、地方のローカル私鉄で、ほとんど各駅に駅員を常駐させるのは、並大抵の事では出来ません。

確かに、三岐鉄道では、近鉄で使えるような交通系ICカードは使えません。全て現金でしか切符を買う事が出来ません。そういう意味では不便ですが、その一方で、駅に行けば必ず駅員がいて、切符も買える。この安心感があってこそ、初めて鉄道を利用する気になれるのです。

大安駅には市立の図書館も併設されていました。そして、地元自治体いなべ市が運営する福祉バスの停留所もありました。駅の建物も、「中部の駅百選」に選ばれるほど趣のある駅舎でした。

丹生川駅の駅舎と、同駅から見た藤原岳の遠景。

次に下車した丹生川(にゅうがわ)駅も、古い昔ながらの駅舎で、駅員のおばちゃんが駅の花壇を丁寧に手入れしていました。この駅のすぐ横には貨物列車の博物館があります。全国で唯一の貨物列車専用の博物館です。毎月第一日曜日にしかオープンしないので、なかなか見る機会はありませんが、昔の貴重な資料を無料で見れ、オープン日には屋台も出るそうなので、次来た時には是非立ち寄りたいです。

私が行った時は、あいにく博物館は閉まっていましたが、館外にも貴重な貨車や機関車が展示されていて、昔の栄華をしのぶ事が出来ました。この貨物鉄道博物館(FRM)は、三岐鉄道とは別の特定非営利法人が運営しています。ボランティアスタッフも募集しているようなので、我こそはと思う方は是非応募されてはいかがでしょうか。

貨物鉄道博物館の入口、横に展示されているSL。

丹生川の次は伊勢治田(はった)、東藤原と、広大なヤードを抱えた駅が続きます。東藤原駅の横には太平洋セメントの鉱山と工場があり、駅から工場まで引き込み線が伸びています。近くの藤原岳は山全体が石灰岩で出来ていて、南東側の斜面には広大な採掘場が広がっています。

丹生川駅で貨物列車の撮影に成功しました。東藤原駅では貨物列車の入れ替え作業を見る事も出来ました。山肌が無残に切り取られる自然破壊の姿を目の当たりにするのは流石に忍び難かったですが、その一方で、今も貨物列車がせわしなく行きかう姿には、私にも元気付けられるものがありました。

伊勢治田駅のヤードに停まっていたセメント貨車群。
東藤原駅の駅舎とセメント工場遠景。

youtu.be

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そう言えば、途中の駅にも大抵、行き違い設備がありました。駅ではそれまでの単線が複線になり、間に島式のホームがある構造になっていました。複線区間も異様に長く、超大編成の貨物列車ともすれ違えるようになっていました。

私鉄の中で今も貨物列車が運転されているのは、この三岐鉄道と埼玉県の秩父鉄道だけになってしまいました。

東藤原から先はもう貨物列車も入って来る事はなく、終点の西藤原は静寂に包まれていました。ここは藤原岳に向かう登山コースの入口に当たります。標高1120メートルの藤原岳の頂上には無人の山小屋もあるそうです。その一方で、山の南斜面は石灰石の採掘場が広がり無残な姿をさらす事に。でも、その貨物収入のおかげで鉄道運行が確保されている。そう考えると複雑な気分になります。

SLを象った西藤原駅の駅舎と周辺登山コース図。

今や全国各地の地方ローカル線はどこも赤字経営です。その赤字経営の穴埋めに、イベント列車を走らせて、観光客の集客に躍起となっている所も少なくありません。でも、いくら週末に観光客が殺到して、イベント列車が超満員になっても、普段鉄道に乗る人がいなくては、増収なぞ到底望めません。

その典型的な例が静岡県の大井川鐡道です。いくら週末に運行するSL列車が大盛況でも、平日に走る普通列車が1日5往復ぐらいしかないようでは、誰も鉄道に乗る訳がありません。その上、数年前の台風水害で一部区間が不通になってからは、ドル箱観光路線のトロッコ列車にも乗れなくなってしまいました。

それに対して、大井川鐡道は、今も不通区間に代替バスも走らせようとはしません。代わりに沿線自治体が代替バスを走らせている有様です。今までSL列車の観光需要にだけ胡坐をかいてきたツケが、ここで一気に吹き出て来たのです。

そんな無責任な「死に鉄」(死んだ鉄道)には、さすがに鉄道ファンの私ですら、もはや応援しようという気にはなれません。「死に鉄」の惨状を晒す前に、今も貨物列車を走らせ、駅員も常駐させ、駅舎の手入れも十分にやり、乗客に安心感を与える「生き鉄」(生きた鉄道)であってこそ、初めて応援する気になります。

これは国も同じです。今まで散々、正社員をリストラしながら、結婚も出来ない低賃金で、少子高齢化のツケが溜ってから、「インバウンド」か何か知りませんが、一部の大株主や外国の大富豪にばかり媚びを売り、それらのブルジョア連中をIRやカジノに呼び込む事ばかりに必死になり。

どこかの超大国の認知症のジジイの大統領が、気まぐれで好き勝手に貿易の関税率を引き上げても何も言えずに、そのジジイの言いなりに、ポンコツの武器ばかり買いあさるババアが首相として支配する。そんな「死に国」には、もはや何の未練もありません。

このババアは、国民にはやたら偉そうに「もっと愛国心を持て」とか「伝統や道徳を尊重しろ」とか言いますが、自分のやっている事は一体何なのか。霊感商法で多数の被害者を生み出した外国の宗教団体から多額の献金をもらいながら、何が「伝統・道徳を尊重せよ」か、ふざけるなと言いたいです。

そんな「死に国」になる前に、現実に生活し額に汗水たらして働く貧しい一般庶民を応援する「生き国」であってこそ、初めて「国を守ろう」という気になります。

https://youtube.com/shorts/p0unlA9DsNk?si=jHEiUrTd8GrzFtLl