アフガン・イラク・北朝鮮と日本

世間体、年相応、分をわきまえろ、空気を読め…毒親イデオロギーの家父長制粉砕!

野迫川村旅行記の続き

先週の土日連休に奈良県野迫川村を訪れました。土曜日に高野山からバスで立里荒神に参拝し、高野山を散策した後、野迫川村の民宿に泊まり、翌日に民宿周辺を散策しただけですが。それでも見処満載でした。今回はその2日目の訪問記です。まずは、この野川弁財天の様子から。

何と、お寺の中に神社が!明治以前はこの様なお寺や神社がそこら中にありましたが、明治維新廃仏毀釈、神仏強制分離で、全て寺院は廃寺にされ、神社だけが存続を許されたと思っていました。

ところが、ここはまだ寺院と神社が共存していました。岩屋山白飯寺妙音院と野川辯才天(弁財天)妙音院の額が同じ寺(神社)の正門に掲げられているのが、その何よりの証左です。

ヒンドゥー教の女神サラスヴァティーの化身が仏教の弁財天になり、水や財宝の神様として神道でも崇め奉られるようになったのですから、その同じ神様を祀っているので、寺院と神社が共存しているのも、ある意味当然なのかも。

神社の祠が極彩色で、鳥居や狛犬もまるで中華風(もしくはチベットラマ教風?)の装いなのも、そんな背景があるのかも。最初は度肝を抜かれましたが、それは私が、お寺と神社は全く別物だと、固定観念に囚われていたからなのか。

日本の伝統と言えば、とかく神社だけを連想しがちですが、昔はもっと大らかに、神々が共存し合っていたのですね。

野川弁財天を訪れた後は、すぐ隣の高野豆腐伝承館に行きました。

ここは村に伝わる手作り高野豆腐の製造法や当時の村人の暮らしぶりを紹介した資料館です。土・日曜日の午後から数時間しかオープンしませんが、ここも見処満載でした。

昔は水車の動力で臼を引き、大豆を砕いて、捏ねて、整形して豆腐を作っていたのですね。高野豆腐と言えば、スーパーで売っている戻し不要のレトルト商品しか知らなかったので、まるで目から鱗

ランチで食べた豆腐カツのすじ肉カレーも美味しかったです。豆腐やこんにゃくが、カレーとこんなに合うとは、思いもよりませんでした。

試食で出された(右から順に)高野豆腐、刺身こんにゃく、「おぼろ豆腐」にも驚愕。「おぼろ豆腐」とは、絹ごし豆腐や木綿豆腐などに整形する前の豆腐です。初めて食べる「おぼろ豆腐」の円やかさに感激。

こんな価値ある施設が、週末にしかオープンしないのは、余りにも勿体無いです。交通不便な山岳地帯で、人口流出が続く過疎の村なので、観光施設もリストラに走らざるを得ないのでしょうが。

そんな理由で終わらせてしまうには、余りにも勿体無い施設です。野迫川村も、最近は雲海や星空、ホタルで観光客が増えつつあるのですから、国や県の力で、もっと経済を活性化出来ないものかと悔やまれます。