・知事選告示日に都県超え石原氏と松沢氏が相互応援(神奈川新聞)
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今回の統一地方選挙で、元民主党衆院議員の上田清司・埼玉県知事や松沢成文・神奈川県知事が石原慎太郎の応援を受けています。三人は、この相互応援に対する「自・民馴れ合い」との批判については「従来からの首都圏知事同士の行政協力の現われであり、国政と地方行政は別物だ」と言い訳しているようです。
しかし、この様な「自・民馴れ合い」については、別に今に始まった事ではありません。従来からも地方政治では、革新自治体が崩壊した80年代以降は、自・公・民・社オール与党の枠組みの中での馴れ合い・談合・汚職政治がずっと続いてきましたし、国政選挙でも候補者が自民党と民主党に二股をかけて公認が得られた党の方から出馬するという事が公然と行われてきました。
自民党と民主党は、憲法観や外交などの基本路線では全く「同じ穴のムジナ」です。大手マスコミが喧伝する「自民・民主の対立」なるものは、「同じ穴のムジナ」の本質を糊塗する為に、多少の毛色の違いで「ニセ対立」を演出するものでしかありません。
そもそも民主党というのは、1996年の結成当初は、新党さきがけを母体として、寧ろ当時は二大政党(自民・新進)に対抗する第三極の政党として出発した筈です。しかし、そこに旧新進党・旧自由党からの保守派と旧社会党からの保守転向組が合流して、やはり自民党や新進党と変わらない政党になってしまいました。これも偏に、大臣病患者の幹部に支配された90年代当時の社会党・連合や反共「中道」諸党と自民党との裏取引によって、一旦は参院で否決された筈の小選挙区制が復活・導入され、その後はひたすら「勝者総取り」選挙の下で「勝ち馬に乗る」合従連衡が繰り返された末の結果です。
これは、今思い返してもかえすがえすも残念な出来事です。しかし、そういう制度が一旦導入された以上は、制度自体の廃止を志向しつつも、とりあえずはその下でも勝てる戦略を革新側は編み出していかなければなりません。
翻って今回の東京都知事選挙。浅野氏を擁立した市民団体は「吉田氏の方がより革新的で、石原政治ときっぱり縁を切れる事は間違いないが、共産党単独推薦では石原都政は倒せない」「民主党も支持できる候補を擁立しなければならない」と言います。それに対して共産党は「自民党も民主党も同じ穴のムジナであり、確かな野党である共産党の躍進と吉田勝利でしか石原都政打倒の展望は開けない」と主張します。
このように双方の主張は対立していますが、奇妙に一致している点があります。それは、浅野陣営も吉田陣営も「民主党を一つの政党と看做している」という事です。浅野陣営は「護憲リベラルから改憲右派までの寄り合い所帯である民主党の全員から受け入れられる候補者」との触れ込みで浅野史郎氏を石原慎太郎の対抗馬にしました。それに対して共産党は「護憲リベラルから改憲右派までひっくるめて」民主党全体を第二自民党だとして攻撃しています。
しかし、今の民主党は、はっきり言って凡そ政党の体を為していません。それは素人が常識で考えても分る事です。一体全体、戸倉多香子さんの様な護憲リベラルな人と西村真悟や土屋たかゆきの様な極右のキチガイが呉越同舟で同じ政党から出馬する事自体が、そもそも尋常ではないのです。土屋もそれが分っているからこそ、都知事選終了まで自分のHPを休止してまで、自身の極右体質が民主党にまで累が及ぶのを避けようとしているのでしょう。
だから、こんな民主党などは、市民の側から積極的に政界再編を仕掛けるなどして分裂・解体させてしまい、本来は石原陣営や自民党と組んで当然の輩などはとっとと向こう岸に追いやってしまって、市民派や良心的な社会民主主義者と革新勢力で共闘を組み、更には新党立ち上げまで視野に入れて行動すべきなのです。この新党は結成当初の民主党の様な「対決軸無き根無し草の自称・第三極」などではなく、改憲・先軍政治や新自由主義の格差政治に対抗するという明確な対決軸を持った「反リストラ平和連合」ともいうべきものです。共産党も、中選挙区制時代と同じような感覚で十年一日の如く「確かな野党」宣伝と「民主党総体への批判」だけに終始する戦術から更に一歩前に出て、民主党の分裂を積極的に促すと共に、将来的には民主集中制を含むそれまでの前衛党的体質も改めて、市民派や良心的社会民主主義者とももっと広く共同でき合流も視野に入れた、反共右翼社民でも旧来の共産主義政党でもない、二大政党制下でも勢力を拡大していける、この様な新しい型の左派政党に脱皮していくべきなのです。
これからは、今の小選挙区制・二大政党制の下では、大手マスコミが喧伝する「自民・民主のニセ対決」路線でも、中選挙区制時代からの共産党組織のみに依拠した「確かな野党」路線でもない、「現代的な保革対立」路線で自民党政治を追い詰めてかなくてはならないのではないでしょうか。勿論、選挙制度についてはあくまでも、民意をゆがめ大政党に「虚構の多数」を与える今の小選挙区制の廃止と完全比例代表制への移行を展望しながら、ですが。
この「現代的な保革対立」というのは、1960年代後半から70年代前半にかけての「保革対立」に現代の対立軸を重ね合わせた路線です。それは、日米安保廃棄などの「革新三目標」をベースにしつつも、必ずしもそれだけに囚われずに、資本主義的グローバル化や生活格差の問題から中国・北朝鮮・拉致問題、ジェンダーフリーの問題までも含めて、明確な対立軸を提示しつつ柔軟な戦術を採用する、そういう「保革対決」の姿です。
例えば北朝鮮問題について言えば、ブッシュ・安倍・「救う会」・「つくる会」などの「帝国主義・靖国史観肯定」「先軍政治・密告社会による日本の北朝鮮化」路線とは明確に対峙しつつも、旧来左派の「民族自決権を隠れ蓑にした中国・北朝鮮の人権問題見てみぬふり」ではなく、寧ろ「国際人権運動」や「人間の安全保障」の観点から「難民救援・人権キャンペーン」と「日本社会の排外主義克服」の両方を見据えた対立軸を提起するなどの、そういう左派本来の立場に立ち返っての再生が求められているのです。
そういう目で改めて浅野氏擁立の母体となった市民団体「東京。をプロデュース」(略称・東プロ)が今回発表した自身と共産党サイドとの協議経過をまとめた文書を読むと、あくまで「民主党を一つの政党と看做」した上で、ややもすれば政策のすり合わせよりも「民主党総体も呑める有名人探し」に走っていった軌跡が伺えます。候補者選定で、官僚出身で基本的には自民党政治の枠内に在りながら「改革派」で名前の通った浅野史郎氏に落ち着いたのも、それで全て説明がつきます。それに対しては共産党も「何故、吉田万三を統一候補の選定に含めないのか」と不信感を募らせ、こちらも旧来の「確かな野党」論の立場に徐々に回帰していってしまいました。
当該文書を読む限りでは、東プロは共産党との協議には早い段階から着手していたのですから、「一つの政党としての民主党まず在りき」ではなくもっと政策本位で候補者選定を進めていたならば、田中康夫氏を始めとして、もっと多様な候補者の名前が選考線上に浮かんできたのではと悔やまれます。
そうは言っても選挙の告示も済んで匙は投げられたのですから、後はもう都知事選終了まで浅野・吉田の両候補がそれぞれ最善を尽くして、内ゲバで票を食い合う醜態を演じるのではなく、それぞれが一票でも多く石原陣営から票をもぎ取るという能動的・攻勢的な闘いをしなければいけないのです。それでどちらかが勝てればそれで良し、若し負けても最低限、次の統一地方選後半戦や夏の参院選、その後の改憲・先軍・新自由主義政治阻止の闘いにつながる結果に結びつけなければならないでしょう。